謎の温泉現象

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技術士(応用理学) 横井和夫


 今回の能登半島地震で筆者が注目した点の一つに温泉の挙動がある。珠洲市のある温泉では、温泉施設は被害は受けたが、温泉は温度が上がり湧出量も増えたと云われる。このように地震の前後で温泉の挙動が変化することは昔から云われている。しかしそのメカニズムははっきりせず定説はない。幾つかのケースを考えてみる。
1、活断層によって地震が起きると、摩擦によってその周囲は高温となり岩石も溶かして所謂「溶融岩」というものまで出来る。この結果周囲の地下水も加熱され温度が上がる。温度が上がれば水も膨張するから水位も上昇し湧出量も増える。
2、プレートに押し込まれると、地下の岩石のダイレタンシーが正の場合、体積は膨張し間隙水圧は上昇する。これが限界に達すると岩盤が破壊し地震が起こる。周囲の岩石も破壊されるから地下の熱水が上昇し、上位にあった地下水も加熱される。
3、能登半島北部では元々脈状の低比抵抗帯の存在が観測されていた。この実態は不明だが、筆者は何らかの高温部があり、その可能性として高温の蛇紋岩マグマを考えた。地震でこのマグマが更に広がれば、広域地下水に影響を与えてもおかしくない。
 他にも色々あると思いますが、このような温泉挙動の観測は、短期的な地震予知にも繋がるので馬鹿にしてはならない。
(24/01/19)

 その後の調査で、白い物質は「石英」と発表があった。石英というのは少し言い過ぎで、多分二酸化ケイ素の結晶が見つかったからでしょう。二酸化ケイ素とは、即ちシリカ(=火山ガラス)です。デーサイト質の火山活動では極普遍的な物質で、何処にでもある。
 この調査井が掘削しているのは羊蹄山を含む阿寒・洞爺火山帯。シリカが含まれていて当然。ということは、当たり前すぎて面白くない。
(23/07/02)

 北海道蘭越町での地熱調査井で生じた水蒸気の噴出。背後のボーリング設備から推すと、1000m級の掘削を狙っていたと思われる。地熱開発を期待するなら、これぐらいの噴気は当たり前で、何事もなく無事掘削できるようでは、開発に足る地熱は無いということだ。北海道はまだまだ地熱に余裕があるということで有難い話だ。しかし最終処分場立地へのハードルが高くなる。
 インドネシアじゃこんなのはまだ甘く、地熱井から数100゜Cの熱風が噴き出す(高温乾燥岩体)。河川水や葉っぱの白濁は炭酸カルシウムか硫酸カルシウム。噴気で蒸気圧が急低下し溶解度が低下したためでしょう。
 ではこのような噴気を止める方法はあるか?似たようなものに湧水がある。昔仙台のあるボーリング屋の社長が、脇にもう一本掘れば間違いなく止まると云っていた。騙されたと思ってやってみますかあ?
(23/07/01)

 青森県「嶽温泉」で昨年末から、泉温が低下し・・・といっても80゜Cあった泉温が50゜Cまで下がっただけで十分じゃないかと思うが、旅館経営者にとってはそうは言ってられないらしい・・・・湧出量も低下し、到頭営業停止に追い込まれた旅館も現れるという騒ぎ。
 場所は岩木山麓ということだから火山性の温泉だろう。温泉湧出量変化の原因は、大きく自然誘因と人口誘因とがある。前者は地震や火山活動に関連して生じるが、一般には湧出量が急に増えるとか、温度が急上昇するといったケースが多い。今回は温度が下がり、湧出量も減っている。又目立った地震活動も見られない。従ってこの種の誘因は考えにくい。
 温泉は40年以上前に掘られたということだから、ボーリングを行ったものと考えられる。この場合一番考えやすいのはケーシングの破損のような欠陥の発生である。直接の原因は未だ分からないが、」とりあえずある仮説をたててみることにする。
 温泉の温度と湧出量とはニワトリと卵のような関係がある。どちらが先が分からないが、双方が関係しあうという意味である。自噴泉の場合温度が低下すると、蒸気圧が低下し湧出量が低下する。ポンプ揚水式でも、蒸気圧が低下するとポンプの負荷が増加し、同じ回転数でも揚水量は低下する。又様水量が低下すると、地下水のイオン溶解度が低下し、ケーシング内にスケールが沈着し、ストレーナーの目詰まりを起こし揚水量が低下する。このような現象が次々と起こるから、益々揚水量が低下する。
 揚水量が低下すると今度は水温低下という現象が起こる。地下のケーシング内にある水塊は、一定の熱量を持っている。これをポンプで強制的に汲み上げると、水塊はケーシング周囲の地下水と熱交換を行う。一般に浅い位置の水温の方が低いから、ケーシング内水温は低くなる。揚水量が低下するということは、ケーシング内の流速が低下するということである。この結果、揚水量の低下は水温の低下を招く。
 ケーシングに腐植とか接続部の緩みなどがあり、そこから周囲の冷たい水が入ってくれば、当然このような現象は起こる。とりあえずは、泉原ボーリングに対し温度検層・・・結構難しいので慎重にやる必要がある・・・をやってみて、急激な温度変化があるかどうか、あればボアホールテレビなどを入れて坑内観察を行う。後どうするかは、それから考える。それで駄目なら、発想を変えて視野をもっと広げて考える必要があるかもしれまっせん。しかし原因は意外に単純
な処にあることが多い。
(23/01/17)

 8月下旬、突如始まった北海道長万部町の地下水の噴出。先日突然噴出が収まった。町の説明では、以前掘った井戸の止水工事が不十分で、地下のガス圧によるものと推察される、とある。これは先月筆者が示した推測と概ね一致している。しかし常識的過ぎてあまり面白くない。もっとビックリするような見解だと良かった。又これでも説明は十分ではない。
    1)ガスは何処から来たのか?
    2)何故突然噴き出し、そして停止したのか?
1)について;ガス成分が発表されていないのではっきりと云えないが、無味・無臭らしいので炭酸ガスの可能性が高いでしょう。長万部町が面する内浦湾はかつての巨大カルデラの跡。周囲の渡島半島はそれを取り巻く環状冷却岩体(コールドロン)。この中には第四期火山が多く、未だ冷え切っていない。この地域は地熱地帯と考えられます。この場合、地下では火山性ガスが生産・貯留されます。それらには水蒸気と他に硫化水素や二酸化炭素・窒素などがあります。水蒸気の場合は相当高温が必要だが水温が21゜C程度と低温だからこれではあり得ない。無臭だから硫化水素や亜硫酸ガスではない。一番可能性の高いのが二酸化炭素です。
 長万部町付近の地盤を作るのは第三紀層で、これには泥岩などの不透水層と砂岩・凝灰岩などの透水層からなる。不透水層は帽岩(キャップロック)となって、ガスの噴出を抑えると、ガスは透水層中に貯留される。時間とともに炭酸ガス圧は高くなり、限界を超えると、岩盤中の何処か隙間から噴出するようになる。それが10年ほど前に掘削された井戸なのである。
2)について;噴出が停止した経過が不明なのではっきりした理由はわからない。噴出とともにセメンテーション内の破損部周辺の劣化が徐々に進み、それが一気に拡大したとも見られる。
 どちらにしても珍しい現象なので、原因は専門家を交え真面目に研究したほうが良い。特にセメンテーションの劣化は、将来の地熱開発にとっても重要課題だ。
 なおある関西の業者が特殊な防音パネルを設置した。ガスの噴出はそういつまでも続かないので、敢えてこんなもの設置する必要があるのか疑問だが、寄付だから地元負担は発生しない。だから別に何をやろうと構わないが、維持管理は何処がするのかは、はっきりしておかないと後顧に憂いを残す。
(22/09/28)

 北海道長万部町の某神社で噴き出した地下水。水質試験の結果、食塩泉と判明。水温は21,3゜Cと低いが、塩分濃度が一定値以上あれば温泉と認定できる。少し温めれば天然温泉として営業できる。
 さて問題は何故このような地下水が、突然噴き出したのかである。一般には、地下水の噴出は地下の帯水層の被圧水圧(間隙水圧+間隙ガス圧)が地表面からの静水圧より大きくなったときに発生する。しかし何処でもではなく、地盤中の脆弱な部分を狙って噴き出す。例えば断層である。又人工的な掘削孔も噴出孔になる。例えば石油や天然ガス掘削井である。噂によれば、この神社では10年ほど前に天然ガスを掘削したところ、出なかったので廃止したらしい。問題はどのような手順で廃止したかである。
 もう一つはこのような被圧帯水層と断層のような弱線があったとして、今まで何事もなかった地下水が何故いきなり噴き出したのか、という問題である。よくあるのは地震が引き金になるケースである。最近北海道北部では小規模な地震がよく起こっている。しかし距離が離れているのと、地質構造系が異なるので、直接結びつけるのは難しい。
 これまでの情報から筆者が推測するのは、やはり10年前の天然ガス掘削が原因ではないか、ということだ。温泉掘削などでは、掘削に泥水を使用する。地下水の塩分濃度が高い場合、耐食泥水を使わず普通泥水を使用すると、泥水成分が分離して、所定のイールドバリューが保てず、孔壁の崩壊を招く。一旦崩壊すると、これは次第に拡大し、掘削が困難になることがある。10年前の天然ガス掘削が中断されたのはその所為ではないか?この時今回のような湧水がなかったのは、泥水がかろうじて湧水食い止めていたからだろう。
 抗井を放棄する場合は、まず掘削孔をセメンテーションで固める。但し孔壁の崩壊や地下水の流動がある場合はセメンテーションも一度では上手くいかず、何度も繰り返す必要がある。又一旦固まったように見えても、時間が経てばセメントが劣化することもある。特に高食塩水では要注意。
 つまりこの湧水地点では、1)過去の天然ガス掘削井が孔壁崩壊等のトラブルに見舞われ、施工の中断に追い込まれた。2)そこでセメンテーション等の処置を施した上で廃棄することにした。3)しかしセメンテーションも完璧なものとはいえず、高食塩水の流動により長期間の内に劣化が進み、部分的な空隙などが発生し、それが限界に達したため、今回のような湧水にいたった。
 なお、何故こういう内陸部に高食塩水が出来るのか?それは筆者の永年の疑問であるが、未だにこれだ、という解答は得られていない。
(22/08/23)

 本日ネットを見ていると、千葉県柏市のある農家の井戸が10年ほど前から突然水温が高くなり、Naなどの温泉成分が現れるようになったという。これは不思議だということで評判になっているらしい。 この原因はズバリ地震です。地震前後で温泉の挙動が変化する、ということは昔から言い伝えられています。例えば和歌山県の本宮温泉では、安政南海地震の前後で湧出量や泉温が変化したとか、有馬温泉でも地震の前にゴロゴロ地鳴りがした、といった記録があります。
 この井戸の温度が上昇しだしたのは丁度2011年東北太平洋地震の一年後。タイミングとして悪くはない。又、この後東北・関東地方には地震が相次いで発生しています。これは2011年地震を契機に、この地域の地下で応力再配分が行われていることを意味します。地震エネルギーは、岩石を破壊する運動エネルギーと熱エネルギーに分かれる。運動エネルギーは岩石の破壊が済むと直ちになくなるが、熱エネルギーはなかなか減らず、岩石内の残熱として残る。それが地下水を加熱する。今関東・東北太平洋岸地域での地下は結構高温状態になっていると思われる。
 また、上で述べたように、温泉挙動の変化は地下の変動を表すものと考えられ、その観測は地震予知の一手段にもなりえます。一番良いのはラドンRnの観測ですが、これは素人にはできない。柏市のような一般市民の場合はもっと簡便な方法が必要。例えば毎日井戸のポンプを始動する前に、井戸の水位や水温を測るだけでも、有効なデータが得られます。
 なおこういう状態は永久に続く訳ではありません。いずれ元の井戸に戻るでしょう。
(22/05/28)

有馬温泉の「温泉資料館」という施設で死者が出ました。施設内の酸素濃度が低下しているということですが、その原因は炭酸ガスです。つまりこれは炭酸ガス中毒死です。炭酸ガスは致死性有毒ガスです。
 筆者はこのところ有馬にはすっかり御無沙汰で、この施設がどこにあるのかよくしらないが、多分以前NHKブラタモリでやっていた、豊臣秀吉ゆかりの屋敷を改装したものだろう。その中に岩風呂があった。事故はこの岩風呂で起こったらしい。ブラタモリでの映像から見ると、この温泉は床を一段掘った地階にあり、さらに岩風呂はこれから更に掘り込んでいる。つまり全体として凹地になっている。岩風呂は石組みで隙間は多いと考えられる。
 さて問題の炭酸ガスだが、これがどうして岩風呂に溜まったかである。炭酸ガスが何処でどういうメカニズムで作られているかは未だ不詳である*。
1、有馬温泉のメカニズム
  有馬温泉中心部の地質は、中心部では地下数mぐらいは洪積層の段丘層。その下は後期白亜紀有馬層群と呼ばれる中生代の火山岩。この2者は温泉地熱活動には寄与しない。有馬層群の下に、やはり後期白亜紀の花崗岩が貫入する。有馬温泉の熱と炭酸ガス(それと鉄)の起源がこの花崗岩にあることは間違いない(但し金泉の食塩はこれだけでは説明できない)。
 花崗岩中で先ず重炭酸ナトリウムが生産され(多分地震が関係している)、地下水に溶ける。地下深部の熱源(花崗岩)によって地下水が加熱され、炭酸ガスが分離する。地表が表土で覆われていると、炭酸ガスは地下水位と表土との間に滞留する。
2、炭酸ガス中毒の発生メカニズム
 炭酸ガスが何らかの理由で、地表に湧出してきたとする。これは空気より比重が大きいので、風がなければ地表近くに滞留する。中でも凹地は最も滞留しやすい。このとき気を付けなければならないのは、炭酸ガスは色もなければ臭いもないことです。例えば炭酸ガスが腰から下に滞留していても、経っている限りは何の問題もない。しかしこしをかがめると、あっという間にあの世行きです。つまり凹地では、決して姿勢を低くしてはならないことです。
 以上の点から今回の事故を眺めてみると、まず何らかの理由で地下の炭酸ガス圧が上昇し、岩風呂の隙間を通じて炭酸ガスが岩風呂に侵入してきた。それが岩風呂の中に滞留した。犠牲者は猫を追いかけて、うっかり岩風呂の中で姿勢を低くしてしまった。その結果炭酸ガス中毒死となった。
 本件事故の最大の問題は、犠牲者を含め神戸市事態が有馬温泉の性質を理解していないことである。上記の問題点はいまから30年程昔、神戸市下水道有馬汚水幹線築造工事に際し、散々神戸市にもレクチュアしてきたことで、別に(神戸市にとって)目新しいこtではない。単に工事が済んだからといって、みんな捨てるか忘れてしまう役人体質が問題なのである。
 なお対策は大したことは必要ない。炭酸ガスは引火性ではないから不用に恐れることはない。例えば凹地(基礎の掘削孔とか人工的なものも含まれる)で何らかの作業をする時は、炭酸ガス用の検知管というものがあるから、作業前にこれで炭酸ガス濃度を測ればよい。もし基準値を越えておれば、換気を行う。下水道の点検と同じくダクトを入れて換気すればよいだけである。但しダクトの吸入口は地表に設置すること。天井にぶらさげていては何にもならない。
*ブラタモリでは温泉研の誰かが出てきて、プレート論を使って有馬温泉のメカニズムを講釈していましたが、あれはまちがいです。だから信用しないように。
(18/02/22)